文殊山 越前五山の中心 その壱 楞厳寺
実は越前五山には中心になるお山があります。
ふつう思い浮かぶのは、
当然「白山」でしょ?なのですが、
標高からすると、一番低い山(365m)の文殊山です。
何故、越前五山の中心なのか?実は私にも分りません(笑)
楞厳寺の紹介をお寺で印刷しているチラシから抜粋させていただきます。
なお、チラシと登山地図は楞厳寺にて無料で配布されていました。
楞厳寺の簡単な歴史
奈良時代の養老元年(717年)に泰澄大師の開かれた由緒ある古刹寺院、往時は
配下17坊(僧房=僧侶の住む建物)、末寺36ケ寺120坊の大寺院で周辺一帯に
勢力を誇っていましたが、戦国時代の天正元年(1573年)の織田信長軍による
越前侵攻、そして何よりも壊滅的な打撃は翌天正2年(1574年)の一向一揆との
抗争により寺も山も灰燼に帰しました。
その後江戸時代に入り初代福井藩主結城秀康公がお寺や伽藍の再建に着手、ですが江戸時代・明治時代とたびたび火災に見舞われ貴重な歴史的資料は失われてしまいました。
現在は高野山真言宗のお寺です。
現在のご本尊は文殊菩薩。
観音堂に薬師如来・阿弥陀如来・十一面観世音菩薩が祀られています。古文書によると鎌倉から来臨されたとの事。鎌倉時代の執権北条時頼寄進とも伝わっています。どういう経過で寄進されたのか興味がわきます。
江戸時代の古文書ではもともと本堂には観音堂の三尊+二王像が祀られていたとの事。
文殊山登山口の一つです。
次は文殊山に登ってみましょう。